その扉が開く瞬間 

  • 8弦オリジナルカホンへの道 2002〜

カホン? Cajon!

友達から「この前のライブでカホンという面白い楽器を使っていた。」と言う、たわいのない会話から、この世界に足を踏み入れることになりました。

「カフォーン? カホーン? カホン?」見たことも、聞いたこともない楽器でしたが、インターネットのおかげで世界のCajonが目に飛び込んできたのです。形も大きさも様々であり、誰にでも作れる自由度のある太鼓に引きこまれたのは言うまでもありません。

カホンは、植民地時代に禁止された太鼓の代用として生まれた歴史があるので様々な形があるのですが、初期の頃作ったコンガやバタタイプのカホンは、本物をライバルと考えたときに音質や価格面など難しい問題があり、人気の弦のあるペルータイプのカホンへとのめり込んで行きました。

これが実際のカホンの音?

ミュージシャンがアコースティックライブでカホンを使う事が多くなり、数年前から日本では大きなブームになっていたようですが、地方へ情報が伝わるのはとても遅くこの時全く知りませんでした。

カホン業界を調べると、大手楽器メーカーが何社かあり、個人作家も多数いて、全てやり尽くされた感が否めなかったのですが、敢えて最後列に並ぶつもりで開発に取りかかりました。

そこには、大きな理由があったのです。
CDやテレビで聞くカホンの音に対し、実際の生音の落差に愕然とした事でした。

多くの音源がカホンの内部に取り付けたマイクを通しての音だったので当たり前なんですが、実物を叩いた時の生音に迫力が無く、スッキリしないこもった音に疑問を持ったのです。そしてトラブルの多さと、有名楽器メーカーのカホンでさえ個体差が激しい現実など。「欠点が多い、楽器として完成されてない!」と思ったからです。

ただ、最初にペルータイプを試作したとき「手強い。」と感じ1〜2年の開発で良い物が作れるとは、とても思えませんでした。

存在しないのなら作るしかない

“理想のカホン”とは

  1. 弦のコントロールができトラブルが少ない事。
  2. 既存のメーカーとは違う個性のある音である事。
  3. 音量が大きく生音でCDのような音がする事。


この時漠然と考えたイメージでした。
この世に存在しない理想のカホンを作るにはどうすれば良いか。
まず考えたのは、他のカホンを出来るだけ参考にしない事。
「同じ事をやったら、同じ音になる。」と自分に言い聞かせました。

そしてカホンの音の原理を探るために、徹底的な試作で確かめる原始的な方法を取ったのです。

背面の厚みを変えるだけで音が変わります。
3、4、6、9mmの材料で制作すると4台必要になり、塗装の違いで音が変わるので、ラッカー、ウレタンつや有り、つや消しを確かめるには×3倍になるので12台制作します。その全てに弦を張り打面を取り付けて、音を比べて確かめて行くのです。

材質を変え、穴位置を変え、構造を変え、塗装を変え、可能性を探る毎日になりました。
その組み合わせは限りなくあるために、今でも試作は繰り返しています。

希望が見えた瞬間〜ヤヒロトモヒロ〜

まず苦労したことは、打面を決める事でした。一番音に影響するからです。身近で手に入る材料は全て試したのですが、どれも聞いたことのある音になり納得できませんでした。既製品の最後の砦はフィンランドバーチでしたが、どうにか入手できたのが4mmのみ。実際に使うには3mm厚に削らなくてはなりません。幸運にも住んでいた街が家具産地であったので加工方法も見つかり、試作の繰り返しからやっと打面のめどが立ったのでした。

打面を決まることによって、組み合わせが大きく減り、音作りが一気に進んでいったのです。
弦の張り方を移動でき張力を調整できるオリジナル構造で確認しながらデータを積み上げていきました。

ある程度、形にはなったのですが、それは逆に混乱期への突入でした。
この方向で良いのか? 何が良い音なのか? それは誰が決めるのか?
微妙な音の違いに、信じていた自分の判断が鈍ってきたからです。

悩んでいたときに、出会ったのが“ヤヒロさん”でした。
気分転換にジャズのコンサートを聴きに行ったとき、パーカッションのセットにカホンを組んでいるミュージシャンを見つけたのです。
その人が日本のトップパーカッショニストであり、カホンを最初に日本に持ち込んで演奏で使ったのではないかと言われていることなど、露知らず「カホンを使って貰えませんか。」とお願いしていました。

最先端のミュージシャンと最後発メーカーとの出会いだったとは、面白いものです。

たまたま、北海道ツアーで旭川にも寄る予定になっていて、ゆっくりと話をする機会があったのですが、当時、誰もが使い出した感があるカホンだったので、誰も知らない時から使っていたヤヒロさんにとっては、止めようかとも考えていた時期だったそうです。(焦りました。ギリギリセーフでした。)
程なく気に入って貰え、ピエール・バルーさんと中村善郎さんのユニットでカホンも全国を巡回したのですが、その中の旭川公演は、初めて自分の楽器を使ったプロの演奏を聴いた夢の瞬間でした。

8弦の奇跡

プロが認めてくれたことにより方向性が間違っていないことは分かったのですが、自分に取っての目標である“理想のカホン”にたどり着くには、もう一歩何かが足りないと感じていました。

この時期の悩みは、響き線の音を全面に出すとバス音が小さく感じ、バス音を強調すると響き線がこもってしまう関係でした。ボディを材質を変えてもバランスが悪く、弦を太くする方法もありましたが、うるさくなりバランスが崩れました。その打開策がどうしても見つからなかったのです。

「こんな時、プロジェクトXでは素晴らしいアイディアが出て危機を脱するのに!」と思うのですが残念ながらここ数週間悩んでいたので、少しでもあやかろうと「発想の転換、発想の転換!」と繰り返して考えている時に、ふと思ったのです。


「太さが駄目なら数を増やしたらどうだろう…」

あり得ませんでした042を045にしただけでうるさく感じるものを倍にしたら結果は明らかです。おまけに、4本を調整できる構造を8本に増やすなど、構造が複雑になり価格にも影響が出てくる事は明白。さらに悪いことに、4本でも調整が難しいものを8本コントロールしなければならない苦労など考えたくもありませんでした。

「待てよ!」


次の時、胸が高鳴ったのです。
胸騒ぎと期待感が混ざったような複雑な感覚で。

「駄目だ、面倒くさい、分かりきっている」は誰でも思うこと。
どこにも無い物を作ろうとしているはずなのに、何を考えているんだ!
今まで苦労して試作して確認してきたはずなのに、今回本当に何もしないでいいのか!
失敗しても、その失敗が経験として生きるはずだ。

新しく設計し直して製作するには1ヶ月近く掛かるのですが、待てませんでした。
自問自答を繰り返し頭の中が混乱しながらも、手が古いカホンの打面を開けていました。
「何かできるはずだ!」と内部を調べながら、応急処置をして無理矢理8本に張り直していました。

打面のビスを取り付けて、カホンに座り、深呼吸をし、いつものように、試奏した瞬間!

背中に電流が走り、全身に鳥肌が立ち、息が詰まりました。
奇跡が起きたんです!


「音が大きいのにうるさく感じない! なんて心地よい音なんだ。」
「弱く叩けば、静かに反応する。強く叩けば大きな音で反応する。楽器としての当たり前のコントロールが出来る。」

目の前の暗闇から光が差し込む扉が開いたように感じました。
たぶん世界初8弦オリジナル構造カホンが誕生した瞬間です。

小さな小さなプロジェクトXもあるんですね。
2003年12月末の事でした。








ブレイクスルー

  • 8弦オリジナルカホン 2004〜

偶然なのか運命なのか〜仙道さおり〜

4弦から8弦に変えるためにペグを採用し、試作を繰り返しました。
慣れてくると、最初の感動が何処かへ消え、また細かい問題点が見えてくるものです。

完成させるために多くのプロの助言を得ようと思ったのですが、如何せん北海道という地理的不利な土地がら思うように行きません。「誰か旭川の近くに来ないかなぁ」と情報を探していたときの事でした。

掲示板での何気ない書き込みの中に
8本弦のカホンを手に入れた。というやり取りが!

JPCで購入し、8本弦のカホンはデコラカホンしか存在しないからです。

本当に偶然でした。
もしかしたら運命に引き寄せられた必然だっのかも知れません。

パーカッショニスト 仙道さおり


後に、世界をも震撼させたカホン奏者として有名になりました。

サオリモデルの開発

8弦カホンがまだまだ未完成な事は、自分が良く分かっていました。全てのトラブルを解決出来たわけでは無いからです。その中で、プロの求めている音を形にする機会に恵まれました。

サオリモデルの開発。

それはまだ見たこともないプレイスタイルを想像しながら形にする、雲をつかむような作業でした。ファックスとメールのやり取りから、設計図を書き材料を決めて行くのですが、今までの左右対称の構造から、左右前後の厚みが違う仕様に加え、スナッピーのオン・オフが出来る特殊な構造への挑戦。実際に製作して出てくる問題点、そして自分の想像を上回る新しい発見など、収穫の多い第一作でした。


ブレイクスルー

サオリモデルの第一号が完成し本人の手に渡った時、その周りでは“衝撃”が走っていたようです。メールや掲示板でしか評価が分からなかったので、「喜んでもらえて良かった。」程度しか思っていませんでした。実際には、次回の修正点や設計の見直しのことにばかり気になっていたからです。

東京を拠点に活動しているので実際にどのような演奏をしているのか知りませんでした。北海道に住んでいるので仕方がないのですが、全く予期しない形で演奏を見る機会を得ました。

朝日新聞、2005.2.17 朝日マリオン<民族音楽の旅> にてのカホンの記事。
この時、画期的だったのがインターネットのサイトにて動画が配信されたことです。

<41秒の動画>を見て、ひっくり返りました。

カホンを作った本人の想像を遙かに超えた演奏に!
今でもダウンロードできるのですが、口コミで日本中、いや世界中に広がり衝撃を与えたのです。

そして、デコラカホンの評価も上がった、大きなブレイクスルーになりました。


プロ仕様カホンへの試練

プロの使用頻度は想像を超えるトラブルを引き起こします。そのトラブルをフィードバックすることで、より良い製品に仕上がる大切な作業です。


壊れないカホンである事が、安心して演奏に使える事に繋がります。

仙道さおりさんから、トラブルで戻ってきたカホンを見て愕然としました。全く予想もしてなかった部分の破壊や、耐久性が必要な部分などを見つけ、自分の甘さを痛感したのです。ビスの1本、固定方法、部品の見直しなど、補強や、修理しやすい構造へと進化させていきました。

これは現在でも同じで、良い方法が見つかれば修正し、丈夫にしています。
見えない部分のも、多くの経験から生み出されたノウハウが詰まっているのです。

形に残り出した実績

2005年、8弦になったデコラカホンの音源を大量に使ったCDが2枚でました。

  • ヤヒロトモヒロ、金子飛鳥、Carlos "el tero"、 Buschini、rardo Di Giustoの4人組ユニット「GAIA CUATRO」によるファーストアルバム「GAIA」
  • 野呂一生、和泉宏隆、仙道さおりによるスペシャルユニット「VOYAGE」による「Purely」


カホンを紹介するために、多くのメーカーではサンプルを載せていますが、残念ながらデコラカホンでは、音源を作る技術が無いために諦めていました。

それが、この2枚のアルバムが出てくれたことにより、「このCDを聴いて下さい。」と紹介するだけで分かって貰えるようになりました。中途半端なサンプル音ではなく、最高品質の音源として紹介できる幸せを感じます。

これ以降年々増えてきましたが、デコラカホンを語る上で重要な作品となりました。

こだわり

  • 8弦オリジナルカホン 2006〜

サオリスタイル

2006.1.29、初めて仙道さおりさんと会ったのが、帯広の小沼ようすけさんのライブでした。緊張の中、ホテルのカフェコーナーで初対面。本当にかわいい普通の女の子でした。

それが、リハーサルにて実際にサオリモデルを叩いた瞬間、衝撃が走ったのです。


<大げさに聞こえるかもしれませんが、実際の演奏を聴いた人にしか共有できない実感です。>

カホンの生音は迫力がないと言う常識を覆したくて開発していたデコラカホンでしたが、その製作者のイメージをも打ち砕く、迫力ある圧倒的な音量、音の違いを使い分けるテクニック、全ての常識が吹き飛びました。

ドラムや皮物の太鼓に匹敵する音!

「本当に自分で作ったカホンの音なのか。」信じることが出来ないパニックにも似た衝撃だったのです。

そして、サオリモデルで出る音を全て知り尽くし使い分ける演奏。

それは誰も真似できない 仙道さおりスタイル” が完成していたのです!

この時から、CDより「ライブを見て下さい。」と薦めるようになりました。

響きのスコア

2005年の終わりに、札幌「箱くらぶ」が発足し、カホンを練習する同好会ができました。
全国的に見ても、定期的に教える教室が少ない時期に、画期的な活動が始まりました。

そんな中、突然のテレビ取材の連絡があったのです。
2006年8月27日(日)BS-Japan「響のスコア#23カホン」

カホン奏者として仙道さおりさんの知名度が大きくなっていた時です。(北海道に住んでいるために東京での評価の大きさを知らなかったのかも知れません。)

BSデジタルのため「響のスコア」という番組を知りませんでしたが、楽器製作者や会社を取り上げて紹介するとても面白い番組です。今回で♯23なんですが、全ての楽器の話を見たいと思う内容でした。その番組に大手楽器メーカーや先駆者を押しのけてデコラカホンに白羽の矢が立ったのです。本当に凄いことです。

関係のあるミュージシャンに仙道さおりさんを迎え、箱くらぶの協力を得てWSの様子を撮影したり、旭川でカホンの製作工程にインタビューと盛りだくさんの内容にて放送されました。
その後、何回かの再放送があったようで、忘れた頃にメールが来るなど大きな反響がありました。

まあ、製作者の出演場面は、まとまりのない内容で恥ずかしく悔やまれる部分もあるのですが・・・。

マイペースで

  • 8弦オリジナルカホン 2007〜

2007ロシアショック

石油製品の価格上昇、輸入材の価格上昇、部品購入先の撤退など、じわじわと製作に影響する事態で毎回振り回されていたのですが、今回のロシアショックには泣かされました。

2007年の夏あたりから噂が流れたのですが、秋には日本の在庫もなくなり、打面のフィンランドバーチが手に入らなくなったのです。

ロシアが原木の輸出を制限したために、フィンランドで合板が足りなくなり、日本への輸出が止まってしまいました。世界的な木材不足は将来的に変わることが無いので何が起こるかわかりません。

この間、デコラカホンではTSバーチの3mmによるカホンの開発を行ったりもしてきました。

幸いにも2008年の春にフィンランドバーチが動き出しましたが需要の少ない薄手のタイプへの影響は残っているようです。そのため、今回1年分の材料を在庫して対応しているのですが、先々への不安が消えることはありません。

現在、無理をせずマイペースの製作を続けています。

タイトな音

ルーズな音とタイトな音。

〜デコラカホンはタイトな音〜という評価をされます。

8弦が出来た時は、鳴りが良すぎて反応が過敏なカホンでした。(※注)
反応が良すぎる事による荒々しくラフでルーズな感じも楽しいのですが、ミュージシャンとの付き合いの中から、プロのテクニックを表現するために、弦の音が短い残響音で止まるタイトな音のするカホンに仕上げたかったのです。

弦が反応しないクリアな低音。軽い手数の多い音が、ザ〜〜〜〜ッ、と繋がるにのではなく、ザ、ザ、ザ、ザッ、と繊細に表現でる響き線の構造。複雑なリズムや強弱の反応などミュージシャンの思い描く音を再現することを目指しました。

使用する人による表現力が大きく変わります。

8弦オリジナル構造を作り出した、デコラカホンのこだわりです。

(※注)
現在でも、全ての弦を緩くする事でルーズな状態に近づける事ができます。ただし、完璧な状態の弦はなるべく触らないで下さい。全ての弦の状態を完璧に戻す事は時間がかかり、また金属疲労を起こし弦が切れる原因になります。